わたしは家族と暮らして11年になります。 まずは、わたしの生い立ちなどお話ししましょう。 わたしは、1985年の春、多分4月のおわりに生まれました。 (ママとパパによると誕生日は1985年4月29日となっています。) あまり小さいときのことで記憶があいまいなのですが、うまれて3カ月まで母や兄弟といっしょに毎日が幸せな気分ですごしていました。
1985年7月の日曜日のことです。 公園へ散歩にき、遊んでいるときに間違って排水路におちてしまいました。 わたしはあらん限りの声をだして助けを呼びました。 何時間ぐらいでしょうか、途方に暮れて泣いていると、一組の親子が立ち止まりました。 幼稚園くらいの男の子と父親でしたが、しばらくわたしをみていた子どもが助けようと手を差し延べてくれたのです。 わたしは、すでにおなかがすいて声がかすれそうでしたが、最後の元気を出して大声で叫びました。
そこへ、日向ぼっこ帰りのママとタカシが通りかかりました。 まだよちよち歩きのタカシがわたしを指さして「ネ、ネ」といいました。 すると、男の子の横にいた父親が 「あの人達が拾ってくれるから大丈夫だよ。」と言うのです。 男の子は、わたしを連れて帰りたいと言うのですが、父親が反対しているのでした。 わたしはあまりの非道に驚きました。驚きのあまり声を失っていると、やがて父親はその子の手を引いていってしまいました。 わたしは、絶望しました。 もう最後の元気はふりしぼってしまったのですから、最後の最後の元気をふりしぼらなくては助けを呼ぶ大声も出せません。 それでも一生懸命叫ぶとタカシがママの手を引いて何度も「ネ」と言います。(あとでわかったのですが「ネ」というのはわたしのことだったのです。)
わたしは、本来子どもをあまり好きではありませんが、この際ほかに頼るものがありませんでしたから最後の最後の最後の声でさけびました。 やがて、ママがわたしに手を差し延べてくれました。抱き上げられたわたしは、ちいさな声でなおも鳴き続け空腹をうったえました。タカシはおっかなびっくりしながら手を出します。 ガキにさわられるのは、手荒で気分がよくないのですが、そのときは抵抗する元気もありません。 時折こわごわと手を出すタカシにさわられながら、ママに抱かれじっとしていると、彼らの家に連れてゆかれました。 ママは家につくと、「子ネコを拾ってきちゃった」といいながら戸をあけました。 そこにはパパがいました。 「どんなネコ」と言いながら出てきたパパに、ママは「峻が見つけて離れないからしかたなく連れてきたのよ」と言いました。 わたしの空腹に気づいていたママは、パパに相談して牛乳をくれました。 あまりの空腹のためと、はじめてよその家に来て戸惑ったわたしが、慣れない洋食を前にじっとしていると、パパが「相当弱っているようだからしばらく家においた方がいい」と言い出しました。 ママはわたしを家族にする気はないようでしたが、パパが「2〜3日すれば元気になる、今はなすときっと死んでしまうよ」と言うのでしばらくこの家に残ることになりました。 わたしは、本当は元の家に帰りたかったのですが、道順もわかりませんので「すこしならいてやってもいいか」と考えました。
つづく