(池ノ平・・2)
以前お話しした池ノ平(97年8月のネル物語参照)の2日目は、わたしの地位が確立した記念すべき日です。
ホテルのフロントを無事通過して車に戻った家族は、ボートに乗りたいとか、遊園地で遊びたいとか、馬に乗りたいとか、牧場に行きたいなどと、わたしに関係のないことを相談しています。 わたしは、早く自分の家に帰って、のんびりと昼寝をしたいと思っていました。 旅先というのは何かと気の休まらないものです。 おまけに、みんなが遊びに行っている間、わたしだけ車の中で留守番に決まっているのです。 よく子どもが車の中に置き去りにされて暑さで死んでしまったりしますが、わたしだってそうならないとは限りません。
そんな気持ちが通じたのか、湖や遊園地でひとしきり遊んだみんなは、丘に登るのにわたしを連れて行くことにしました。 冬のスキーのためのリフトがある丘です。 ホテルのすぐ裏のあまり高くない丘なので、植えてある高山植物や花を見ながら歩いて登るのです。 わたしは、首輪に赤い紐をつけられてお散歩です。 お散歩と言っても、ネコと人間では視点の高さが違いますし、興味の対象にも違いがありますから、行きたい方向も違ってきます。 結局は、捕まえられて行きたいところを我慢させられるのですが、土の匂いを嗅ぐのも良いものですし、それなりに楽しく歩きました。
やがて、山頂で写真をとったり、アイスクリームを食べたりして、丘を下ることになりました。 今度は、白樺湖を下に見おろしながらリフトで下るのです。
リフトというものは、ずっと動いていてそれに乗るのです。 乗るときに止まってくれたりはしません。 これは決まっていることらしいのです。 わたしとタカシは、ひとりでは乗れませんから誰かに一緒に乗って貰わなくてはなりません。 ママは自分が乗るだけで一生懸命ですから、我々の面倒をみることはできません。 男の人はパパと、おじいさんと、叔父さんがいます。 わたしもタカシもパパを希望しました。 優しい叔父さんでも良いのですが、叔父さんは従姉妹の(タカシの従姉妹はわたしにとっても従姉妹です)小さなエリさんと一緒に乗るのでダメなのです。
わたしは、パパにしがみついて離れないようにしました。 タカシもパパと乗るつもりです。 パパは、リフト乗り場で少し考えていましたが、仕方がないと思ったのかわたしを抱いてタカシの手を引いてリフトに乗ることになりました。
リフトは、乗り場に立つと意外に速いスピードで後ろからやってきました。 乗った瞬間、前後に大きく揺れました。 パパが椅子に座り、タカシを横に座らせようとした時でした。 わたしはびっくりして、急に恐くなり訳も分からずパパの膝の上で暴れました。 タカシは、まだ椅子に座れていません。 木でできたリフトの椅子は磨かれてツルツルとして、タカシが座れずにもがいています。 パパの膝から飛び降りようとすると、パパが首輪の紐を引いたのでわたしは宙吊りになってしまいました。 苦しくて、このままでは死んでしまいます。 リフトは乗り場を過ぎ、空へ上がろうとしています。
リフトが地面との間隔を更に広げようとしたその瞬間、パパはおじいさんに向かって大声で「タカシを頼む」と言うと、椅子の縁に引っかかって不安定なタカシをリフトから地面へ落としました。 タカシは乗り場を過ぎた土の上に尻餅をついたようです。 と同時に、わたしは引き上げられてパパの膝に乗せられました。
おじいさんはもちろん、家族みんなも乗り場の係りの人も大騒ぎです。 後ろを見るとタカシが斜面になった赤土の上に転び、おじいさんが走っていって抱き上げようとしていました。
あとでパパが話すのを聞いたところによると、「紐をつけたままネルを放せば山でのたれ死んでしまうと思ったので、リフトが地面から高くなる前にタカシの方を落とした」そうです。
タカシは今でも「パパの仕打ちは忘れない!」と言っていますが、わたしは、家族の中の地位がタカシよりも上なのだとわかってとても嬉しく感じました。
いつも蕨市民会館の前の椅子にいるブロンズのネコ達も、5月の木漏れ陽の間で暖かそうに寝たり、上を向いて座ったりています。
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ネルの小屋ばっくなんばー
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