11 月 の ネ ル 物 語


 1996年11月に「ネルの小屋」が始まって5年が過ぎました。 開設当初思いもよらなかった長い期間です。
 開設の半年後、突然のネルの他界により遺稿集ネル物語となり、99年7月からはパスカルが家族に加わって続いてきました。
これまでご覧頂いた皆さま、ありがとうございます。


 今月もネルの遺稿を掲載します。 読んでやってください。


(とっておきのはなし 1)
 わたしがまだ二歳の夏のことです。
 家族はわたしをペット屋に預け、夏休みに九州へ旅行をしました。
その頃、我が家からJR京浜東北線(当時は国鉄からJRに名前を変えたばかりでまだ国電と呼ぶ人もいました)を越えたところにあるペット屋が家族のお気に入りで、わたしは跨線橋を渡りペット屋へ連れて行かれました。  家族で駅へ向かう途中に少し遠回りをして線路を越え、わたしを預けてから電車に乗ろうというわけです。
 そのペット屋には若い女の人が二人いて広くて明るいお店です。 あらかじめ電話で予約をしておいたパパは、わたしを連れて店に入りました。 ママとタカシも一緒に店に入り他の動物を見ていましたが、わたしを置いて行くのが辛いのか先に外へ出てパパを待っています。
 「ネコちゃん、お名前はネルさんでしたね。」と言い、以前預かったことのある店の人はわたしを受け取りました。 わたしは移動用のカゴから出されて店の檻に移されましたが、近くには犬がいますが、わたしは何よりも犬が大嫌いなのです。
 線路を越えたあたりの様子で、またペット屋に預けられるとは判っていたものの、なんとか我慢していたのが一気に耐えられなくなって、わたしは大声で泣きました。 一瞬わたしの声を聞いて振り向いたパパは、向き直って書類にサインをします。 「じきに慣れると思いますよ。」と気休めを言う店の人に、パパは「よろしくお願いします。もし何かあったらこちらに電話をください。」と言って書類に書いた九州の電話番号を読み上げると、わたしの顔をチラッとみて出ていってしまいました。
 パパが行ってしまった後、わたしは一人でふるえていました。 何でわたしだけ置いて行かれるのだろうか? なんで旅行なんかするんだろうか? 家族はまたわたしを迎えにきてくれるだろうか? もしも家族に何かあったら、わたしはどうなってしまうのだろうか? たくさんたくさんの不安で頭のながいっぱいになって、やがて身体中が不安で埋め尽くされました。
 犬の美容院もやっているペット屋には何匹もの犬がいます。 わたしは檻に入れられているのに、犬はサークルの中で遊んでシャンプーやブロー、カットをしてもらいます。 ネコはわたしだけです。
 やがて何日かが過ぎました。 その間に何人もの人が犬を連れて来ては引き取って行きました。 店の人が言うのは「可愛いワンちゃんですね。」とか、「すばらしい血統ですね。」「色つやがよくて毛並みがよろしいですね。コンテストに応募したらいいのに。」とか「まあ、聞きわけがよろしいこと。」だとかです。
わたしは自分が、拾われた茶トラで、もちろん血統書もなくて、美容院になんて一度もかかったことがないので、とても惨めな気持ちになってすっかり気後れするようになりました。 犬なんか狼や狐や狸の仲間じゃないか!わたしたちネコ族はトラや百獣の王ライオンの仲間だぞ!と思って頑張りましたが、さらに不安が大きくなって、いたたまれなくなりました。 家族は何日たっても迎えにきません。 夜になるとお店のひとは家に帰ってしまい、わたしたち動物だけが残されます。 わたしは凶暴な犬の近くに置かれ、犬どもの匂いと声で安心して眠ることもできません。
  一週間も経ったでしょうか? もう耐えられないと思ったある晩、わたしは入れられている檻の扉がロックされていないのに気づきました。 入り口を押してみると簡単に開くのです。 店の人が帰る前にご飯をくれた時、扉を閉め忘れたのでしょう。 「これ以上この店に居たくない。我が家へ帰る道はどうにかなる!」と思ったわたしは、檻からでると屋外への出口を探しました。
夜間、犬たちは檻の中にいるので身の危険を感じることなく部屋の中を移動することができました。 しばらく歩き回ると部屋の隅の天井近くに換気用の小窓があいていて、外の月明かりと風が吹き込んでいることが判りました。 そうとわかると、自分の家と家族のところへ帰りたい!という気持ちでいっぱいになり、たまらなくなって小窓へむけて力いぱいにジャンプしました。 小窓の枠に両手の爪を立ててつかまり、壁を足で蹴って半身を外へ乗り出すと、そこには知らない町並みがあります。 わたしの家がどの方角にあるかも良く判りません。 小窓の下の地面までの高さは3m近くもあります。
 が、自分の家へ帰れると思うと迷わず外へ飛び降りました。


 ネルの小屋がスターとして間もない頃、「ネルの小屋」をご覧くださった大宮市(さいたま市)に住む「ねる」さんのママより何度かお便りを頂きました。 ネルと同名の「ねる」さんは、奇遇にもネルが診察を受けていた大宮ダクタリ病院の患者でした。
 先日、数年ぶりに「ねる」さんのママから頂いたメールは、以前よりてんかんを患っていた「ねる」さんが6歳の若さで亡くなったとの知らせでした。 心よりご冥福をお祈りします。


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