1 月 の ネ ル 物 語


 新しい年になりました。 今年が良い年でありますように!


 今月もネルの遺稿を掲載します。 読んでやってください。


(とっておきのはなし 3)
 夜の街は静かです。 時折、車が通りますが人は見かけません。
カゴに入って連れてこられた道順を逆にたどることにして、ペット屋の前の二車線の道を越えます。 車が来ると危ないので脇目を振らずに一気に走って越えなくてはなりません。 迫ってくる車を見ると恐ろしくて体が固まってしまうのです。 夜の道ではライトに目が眩んで蹲ってしまうこともあります。 わたしたちネコは敏捷で、ほんらい車なんかに跳ねられるはずはないのですが、多くのネコ達が自動車事故に遭うのは恐怖や強い光で動けなくなるのと、車が早すぎて距離と到達時間を測るのがとても難しいからです。 我が家に来てから地面の上を歩くことがなかったので、アスファルトの上の砂や小石が硬くざらついて足の裏に違和感がありますがそんなことは言っていられません。 車が来ない時を見計らい、一気に走って道路を横断しました。
 渡った道に沿って50メートルほど北にペット屋を離れ、住宅の間の小路を左折して進みます。 最初の角を曲がって、家を7軒くらい越えた角を・・右へ? その先の、やはり家が立ち並ぶ路を・・・直進?? 次は左折??? パパは、同じような路のいくつもの角を越えたり曲がりながら来ました。 自分で歩かなかったのとルートが反対のため、路が交差するたびにどう行ったらよいのか判りません。 簡単だと思った道順も意外に複雑です。 鉄道の線路まで行けば方向が判るのですが・・・。
 さんざん道を曲がって、横断して、何度も同じ所に出ました。 日が昇る前に我が家の近くまで行かないと、車やバイクや自転車や歩行者が増えて、ネコは歩けなくなくなってしまいます。 気持ちがあせるとよけいに混乱します。
 何時間経ったでしょう? ふと冷静になると少し遠くですが電車の音が聞こえました。 夜の貨物列車です。 始発の通勤電車も動き出しました。 道順はさておいて、電車の音を目指して進みます。 思ったより近くで線路沿いの道に出ました。 線路の先には我が家のあるビル群が見えます。 ここまで来れば、もう道に迷うことはありません。 でも、JRの線路は高いフェンスで境されています。 どこかにフェンスのすき間を探すか、誰も来ない時を見計らって長い歩道橋を渡るしかなさそうです。 が、長くて幅の狭い歩道橋は危険です。 途中で猫嫌いの悪い人に出会えば捕まって殺されるかもしれないのです。 一方、すき間からフェンスを潜ることができても、6本もの電車が走っている線路を無事に渡れる保証はありません。 昨夜からの緊張と歩き疲れが堪えたわたしは、どうして良いかわからなくなって近くの知らない家の隅に座り込んでしまいました。
 その頃ペット屋では、店主が出勤して朝御飯を配ろうとしていました。 ペット屋の店主は、わたしの檻が開いているのを見て店中を探しましたが、勿論どこにも見あたりません。 さんざん探した結果、換気扇のすき間から外へ出たことに気づいて連絡先である九州へわたしの失踪を電話しました。
 電話を受けたママは大慌てでパパを呼びましたが、パパはすぐに帰ろうとはせずペット屋に店の周囲を探してもらうことにしました。
 パパの考えは「あと2日でもどるのだし旅程を変える程の大事ではない。ネルのことだからペット屋の周りで途方に暮れているにちがいない。お腹が空いて餌で釣れば直に出てくるだろう。」というものでした。 ママに代わって電話に出たパパは、ペット屋の管理体制についてさんざん文句を言ったあと、「高い預かり料を取っているのだから帰るまでには頑張って見つけてくれ! もちろん探し賃はそちらの負担だ!」と主張したそうです。 ママは、それから何度もペット屋に電話をしますが吉報はなく、帰京の日になってもまだ店の周りの捜索は続けられていました。
 わたしはペット屋から何百メートルも離れた所で、我が家の方角を見ながら何日も線路を越えられずにいました。 夜でも人が通ることがある幅の狭い跨線橋は、誰か来るかも知れないと思うと人がいない時でも怖くて渡ることが出来ません。 鉄道と道の間のフェンスは潜れても、大きな音と振動で深夜まで列車が通る軌道は恐ろしくて越えられません。 6つの砂利山、12本のレールがあるのです。
 空腹で体力も限界に達しました。 遠くまで歩くことさえ出来なくなりそうです。 そんな時、一人の二毛猫に出会いました。 近くを住処にする飼い主のいない猫ですが、困ったわたしを見て声を掛けてくれたのです。

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ネルの小屋ばっくなんばー
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