12 月 の ネ ル 物 語


 まもなく引っ越すため、ネルさんも見ていた我が家のベランダからの眺めは見納めになります。

 今月もネルの遺稿を掲載します。 読んでやってください。


(最終芸術)
 わが家では、毎年版画の年賀状をつくります。12月になるとパパが版木を買ってきて彫刻刀で彫るのです。
 すでに何年も続けていて、パパのきらいな巳年の蛇以外の干支は全部そろっています。パパご自慢の年賀状ですが、今まで誰からも誉められたり評判になった試しはありません。
 わたしの慧眼によれば、ケチなパパのことですから版画作りは印刷代を惜しんでやっているんだと思います。これは、我ながら卓見というべき推察です。
以前、おじいさん(ママのお父さん)が印刷屋をしていたので年賀状をケチる必要はなかったと思うのですが、みかけに反して気の小さいところもあるパパのことですから、お爺さんに頭を下げて「タダで印刷してください」とは言い出せなかったのに違いありません。
 ところで、決して器用とは言えないパパですが、ほかにも「篆刻(てんこく)」という意外な趣味があります。石に印を彫るこれも彫刻の一種ですが、小さい頃、美術の時間に「誉められた」(???あやしい!)という彫刻が特技だと勘違いしているらしいのです。幼なじみの一人はガウディの聖家族教会の主任彫刻家になっている有名人だそうですが、それとこれとは全く関係のない話です。彫刻家のお友だちがみんな彫刻上手だとすれば、お友だちのまたお友だちもみんな彫刻家で世界中が彫刻家ということになってしまいます。 ちなみにパパが「最終芸術」と主張してやまないのは、3cm角の石に彫った猫です。パパに言わせると「この猫の背中のカーブは究極の美しさ・・」ということになります。
 パパが篆刻を彫ることの多い晩秋の夜は、わたしが人の体温がありがたく感じ始める季節でもあります。面倒くさがりやのパパは、自分から人に「篆刻をあげよう」なんて言い出すことがないので気まぐれに思いつくのでしょうが、寝室にある机に向かい、いくつもの石を眺めて彫る石を選び、書体を決めるのにもさんざん時間をかけて、やおら彫り始めます。この間パパは椅子に座ってじっとしているので、膝にのるには好都合ということになります。お酒の燗も人肌といいますが、ストーブの横にいるよりもいい気持ちです。
 ただ困ったことに、わたしがスヤスヤと眠っていると突然白い粉が降ってきます。気持ちよく夢を見はじめる頃、やっと作業にとりかかったパパが石の彫りくずをまき散らすからです。


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